地図 - ラシュカルガー (Lashkar Gāh)

ラシュカルガー (Lashkar Gāh)
ラシュカルガー(Lashkar Gah)(パシュトー語: لښکرګاه)は、アフガニスタン南部のヘルマンド州の州都. ヘルマンド川とArghandab川の間に位置している. 荒涼とした乾燥地帯であるが、農業は行われている.

ラシュカルガーとはペルシア語で「軍の兵舎」を意味する. ガズナ朝の冬の都ボスト(Bost)がヘルマンド川近くに築かれ、それに付き従った兵営が川沿いに置かれた. この冬の都は、ゴール朝、チンギス・カン、ティムールと幾度と無く攻撃を受けてきた. 今日でも要塞化したボストの都跡はラシュカルガーの南に残っており、近年、ラシュカルガーから遺跡への石畳の連絡路の建設も始まった.

今日のラシュカルガーの町は、アメリカのテネシー川流域開発公社をモデルに1950年代に始まったヘルマンド川流域開発公社(HVA)で働くアメリカ人技術者のために建設されたのが始まりである. 従って、整然とした計画で整備されたアメリカ風の町並みが生まれた. しかし、ソ連のアフガニスタン侵攻とアフガニスタン内戦で、美しい街路樹は切り倒され、家々の芝の代わりに塀が築かれた.

1940年代から1970年代のヘルマンド川の大規模な灌漑事業は、アフガニスタン南部で最大規模の農作地を生み出した. 砂漠が開墾され、人々の入植が行われた.

 
地図 - ラシュカルガー (Lashkar Gāh)
国 - アフガニスタン
アフガニスタンの国旗
アフガニスタン・イスラム首長国(アフガニスタン・イスラムしゅちょうこく、、Islamic Emirate of Afghanistan)、通称アフガニスタン(、、Afghanistan)は、中央アジアと南アジアの交差点に位置する山岳地帯の内陸国である. 現在はターリバーンによる暫定政権が築かれている. 東と南にパキスタン、西にイラン、北にトルクメニスタン、ウズベキスタン、タジキスタン、北東ではワハン回廊で中国と国境を接している. 多民族国家で、周辺国と民族やイスラム教宗派でつながりが深いパシュトゥン人、ウズベク人、タジク人、ハザラ人などが暮らす. 中東の東端と位置付けられることもある. 首都は人口最大の都市のカブール. 面積は65万2000平方キロメートルで、北部と南西部に平野部がある山岳国となっている.

アフガニスタンは多様かつ波乱な歴史を紡いで来た地域に建つ国家である. 少なくとも5万年前には現在のアフガニスタンには人間が住んでいた. 9000年前に定住生活が始まり、紀元前3千年紀のインダス文明(ショルトゥガイ遺跡)、オクサス文明(ダシュリジ遺跡)、ヘルマンド文明(ムンディガク遺跡)へと徐々に進化していった. インド・アーリア人がバクトリア・マルギアナ地方を経てガンダーラに移住し、ゾロアスター教の古代宗教書『アヴェスター』に描かれている文化と密接な関係がある 鉄器時代のヤズ1世文化(紀元前1500 - 1100年頃)が興った. 「アリアナ」と呼ばれていたこの地域は、紀元前6世紀にアケメネス朝ペルシャ人の手に落ち、その東側のインダス川までの地域を征服した. アレキサンダー大王は前4世紀にこの地域に侵入し、カブール渓谷での戦いの前にバクトリアでロクサネと結婚したが、アスパシオイ族やアサカン族の抵抗に遭ったという. グレコ・バクトリア王国はヘレニズム世界の東端となった. マウリヤ朝インド人による征服の後、この地域では何世紀にもわたって仏教とヒンドゥー教が栄えた. カピシとプルシャプラの双子の都を支配したクシャーナ朝のカニシカ1世は、大乗仏教が中国や中央アジアに広まる上で重要な役割を果たした. また、この地域からは、キダール、エフタル、アルコン、ネザーク、ズンビール、トルキ・シャヒスなど、様々な仏教王朝が生まれた.
通貨 / 言語  
ISO 通貨 シンボル 有効数字
AFN アフガニ (Afghan afghani) Ø‹ 2
ISO 言語
UZ ウズベク語 (Uzbek language)
TK トルクメン語 (Turkmen language)
PS パシュトー語 (Pashto language)
FA ペルシア語 (Persian language)
Neighbourhood - 国  
  •  イラン 
  •  ウズベキスタン 
  •  タジキスタン 
  •  トルクメニスタン 
  •  パキスタン 
  •  中華人民共和国